法隆寺 金堂。 見どころ : 聖徳太子1400年遠忌記念 特別展「聖徳太子と法隆寺」

収蔵庫は1952年完成で、壁画が収められたのは55年。 それは、阿弥陀浄土図に描かれた菩薩の数がこれまで25体と考えられていたのが、新たに2体が見つかり、27体だったということが分かったのです。 もっともこれは、後世のデッチアゲで、この仏が作られたのは白鳳期だとする意見もないではない。

2号壁と対をなす月光菩薩と推定• 叔母に当たる「推古女帝」にお願い し勅願で造像すればよいのにそれもせず しかも急を要するのであればもう少し小 さい造型の仏像でよかったのにそれすら しなかったのは太子一族の必死の思いが あればこそでこの執念が不可能を可能に したのでしょう。 東大門• 道具のない時代に手間の掛かることをしており感心させられます。 鉄線描とよばれる肥痩のない輪郭線や強い隈取り、肉体の抑揚を明確にあらわす描法が特徴• 1949年に、金堂内部の柱と壁画が燃える火災が起きました。

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このような背景から、 文化財防火デーが、昭和30(1955)年1月26日に定められ、これに関する文書が、国家消防本部(現総務省消防庁)と文化財保護委員会の連名で出されました。 東室(ひがしむろ)• 左手 には「宝珠 青矢印 」が捧げられております。 経蔵(国宝) 奈良時代の楼造(二階建)建築。

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【世界遺産】法隆寺金堂の壁画が表す意味とは? さて、ここまでで法隆寺金堂内の壁画に描かれている題材は何となく分かっていただけたかと思います。

薬師坊庫裏(重文) 西円堂の背後に建つ。

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『国宝法隆寺展』(特別展図録、1994)、p. 上御堂(かみのみどう)• 木造文殊菩薩騎獅像(宝珠院本堂安置)(宝珠院所有)• 壁と共に出土した焼けた瓦は7世紀初頭の飛鳥様式であり、壁画の様式も線の描き方が現・法隆寺のものより古風であるという。

雲斗は南大門の花肘木に似ていますが斗と肘木の違いがあります。

眼は下瞼が直線で我が国では白鳳時代の 眼の形でありますのに対し本尊は人間本来の眼 に近い杏仁形 きょうにんけい の眼であります。 杏仁とはあんずの種の硬い皮を除いた中身のこ とです。

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